思考力問題の3つの共通点

まずは共通点を探ってみましょう。

思考力問題には3つの共通点があります。それは

①答えが1つではない

②合教科型である

③学年を問わない

の3つです。

 

共通点① 答えが1つではない

思考力問題の解答は「記述」、つまり文章で行います。

ところで、2020年度から共通テストでも国語と数学で記述問題が出される(詳しくはこちらのブログをご覧ください)という話がありました。

実は同じ「記述」でも共通テストで出されるものと独自試験(一般入試)で出されるものとでは少しタイプが異なります。前者は「条件付き記述」で、後者は「自由度の高い記述」です。

共通テストで出されるものはある程度の場面設定(親子が街づくりについて話し合っている場面・公園に銅像を建てる設定等)が用意されていたり、前後の文脈から想定して記述を行うものです。

それに対して独自試験(一般入試)の方はそういった場面設定はありません。

共通テストはその仕組み上、何といっても50万人が受けるテストなので「記述」だけれどもある程度の型にはめたものでないと採点に時間がかかってしまうので、必然的に、なるべくして「条件付き」になったと言えます。

一方独自試験(一般入試)は大学側が独自で作る問題であり、受験生の数もせいぜい数百人程度といったところですから、極論「難易度も上げ放題」「どんなヘンテコな問題でも出し放題」なわけです。

結果的に、答えが1つに限定されない問題がどんどん出題されるようになりました。

 

「赤い風船問題」も、見る人によって感じ方・捉え方・話の持っていき方がまさに十人十色です。10人いたら10通りの答が出てくるでしょう。

例えば手前の赤い風船を「幼いころの思い出」とし、奥にいるコートの男性を「今の自分」に見立て、

「風船に目もくれず通り過ぎて行ってしまった男性=少年の頃の純粋な心を忘れてしまった現代人」

と捉える人もいるでしょう。

また、よく見るとこの男性の右手が左手よりも少し高い位置にあることから、もしかしたらスマートフォンを見ているのでは?もしかしたらそもそも風船の存在に気付かなかったのでは?と思う人もいるかもしれません。

そう考えると「この写真はSNSで他者と繋がることを重視し過ぎて足元にある大事なもの(自分らしさ)を忘れている人々を表している」と持っていくこともできます。

あるいは、楽しい思い出の象徴である風船には目も触れず、この先に何が待っていようと暗い闇の中をひたすら突き進んでいく後ろ姿を「困難に立ち向かう強い意志」と肯定的に捉えることもできるでしょう。

このように、思考力問題には「これだ!」という絶対的な答えがありません。

まさに従来の

「答え:ア」

とは一線を画す問題と言えます。

ということは、逆に言えば「何を答えても良い」ということになります。もちろん非人道的なことや日本語としてメチャクチャな文章は論外です。

ただし、論理的な文章であれば評価の対象になります。「むやみやたらに何でも書いていい」という訳ではなく、論理的な記述であれば評価はしてくれるということです。

では、論理的な文章とは一体どのようなものなのでしょう。

 

論理的な文章とは

論理的=筋が通っていることです。ものすごくザックリ言うと、相手に「なるほどね!確かにね!」と思わせられる文章のことです。一つ例を挙げたいと思います。

「サッカーと剣道、あなたはどちらが好きですか?」

という問いに対して

「私はサッカーの方が好きだ。サッカーの方がカッコイイからだ。」

では誰も「なるほど」と思ってくれません。これは論理ではなくただの感想です。ではこれを論理的な文章にすると…

「私はサッカーの方が好きだ。なぜなら、サッカーは技術や体力だけでなく、チームワークの重要性や仲間と一丸となって試合に挑む経験など、多くのことが学べるからだ。確かに剣道も人気が高いスポーツだ。しかし個人種目である剣道ではこのような経験は得られないと思う。さらに、今世界中には約16億人ものサッカーファンがいると言われている。言葉や文化は違ってもサッカーの楽しさ・面白さを共有することはできる。よって、サッカーは外国人とコミュニケ―ションを取るためのツールにもなり得ると思う。」

最初の文よりも「なるほど!確かにそうだよね!」と思わせることができます。

次は剣道派の立場から書いてみましょう。

「私は剣道の方が好きだ。なぜなら幼いころから続けている剣道の稽古を通して、私は日常生活にも役立つ2つの経験を積むことができたからだ。1つ目は礼儀作法だ。剣道は練習・試合を問わず必ず礼に始まり礼に終わる。このことを通して、私は相手を敬う気持ちや、相手の立場に立った行動をすることの大切さを学んだ。2つ目は忍耐力だ。寒い冬の練習でも重い防具をかつぎ、仲間と一緒に辛い練習を乗り越えた経験はきっとこれからの私の人生で大きな糧になると思う。剣道はよく個人種目と呼ばれることがある。確かに試合の様子だけを切り取れば個人の対決に見えるかもしれない。しかし、日々の練習は決して1人だけでは行えない。また、試合でも仲間からのアドバイスや声援があってこそ実力を発揮できる。よって、剣道は団体競技の魅力も兼ね備えた競技だと言えると思う。」

このように、どちらかが正解ということではなく、論理的な文章が書けていればどっちも正解です。

実際サッカーが好きか剣道が好きかは関係ありません。「結論」を評価するのではなく、「どういう考えでその結論に至ったのか」を大学側は見ている訳です。

 

「世界中にピアノの調律師は何人いるでしょう?」

大学入試とは話が逸れてしまいますが、これはマイクロソフト社の面接試験で出された有名な問題です。

真顔のビル・ゲイツから面と向かってこんな質問をされたら「うっ…」と言葉を詰まらせてしまうかもしれませんが、これもマイクロソフト側は実際の人数を答えられるかどうかを見ているわけではありません(相当マニアックな知識を持っている人でない限り答えられないでしょうからね…)

そうではなく、いかに論理的に考えられるかを見ている訳です。

試しにやってみましょう…

 

日本の場合であれば人口が約1億人ですから、家庭の数をざっくり5000万世帯と想定します。そのうち「10軒に1軒ぐらいの割合でピアノの音が聞こえてくるな~」と仮定すれば10%はピアノを購入できる世帯年収層となります。すると日本には500万台のピアノがあることになります。

今度はピアノはどれくらいの間隔で調律が必要なのかと考えると、そんな頻繁に調律の風景などは見たことがありません。大体2年~3年に1回ぐらいかなと仮定できます。2年に1回の頻度と考えれば500万÷2で年間250万台が調律される台数となります。

次は調律師です。ピアノの調律は大がかりな作業となりそうなので1日にせいぜい2台ぐらいが限度かなと仮定すると、1人の調律師が年間でまかなえる台数は年間労働日数250日×2台で500台です。

したがって、250万÷500=5000人の調律師が日本にいる計算になります。(※実際には6000人のようなのでかなり良い推定値です)

この数値をもとに今度は世界へ目を向けていきます。

 

もちろん、本当はもっと多くの条件があるのでしょうが、こうやっていけば「◯人」と結論を出すことができます。

繰り返しになりますが、その数値が正しいかどうかは見られません。思考のプロセスと、主体性を持って論を展開できているかが見られるのです。

 

共通点② 合教科型である

さて、先のような論理的な文章を書く時のコツとして、

「なぜなら」「しかし」「さらに」「1つ目は~、2つ目は…」「よって」といった論理語と呼ばれる言葉をうまく利用するという点が挙げられます。

これらはいずれも「国語」で培われる能力です。

では思考力問題は「国語」の一環なのかというと…そうでもありません。

 

「赤い風船の問題」は、果たして何の教科の問題と言えるでしょうか?

 

と聞かれると答えづらいのではないでしょうか。もちろん文章で答えるので国語の力は必要そうです。しかし写真が載っているので美術にも関係しそうですし、「キングスクロス駅」はロンドンにある駅なので地理や歴史的背景の知識も必要になってくるかもしれません。

これが合教科型です。

「何の教科かはっきり分からない」「複数の教科の知識が必要になる」と言えば分かりやすいと思います。

おそらくその最たるものが

「カタツムリに意識はあるでしょうか?」(オックスフォード大学)

だと思います。カタツムリなので理科・生物辺りが関係ありそうなのは分かりますが…あとはあまり見当がつきません。

ただ、実際カタツムリに意識があるかどうかは問題ではありません。「意識がある派」の人はなぜそう言えるのか、「意識がない派」の人はなぜそう言えるのかを論理的に記述すれば良いのです。

思考力問題に唯一の「答え」はありません。

思えば世の中を取り巻く様々な問題はどれも答えの無いものばかりです。「こうすれば貧困問題は解決する」「こうすればテロはなくなる」という答えはどこにもありません。自ら考え、他者と協力して少しづつ減らしていくしかないのです

こう考えると、思考力問題は「世の中に溢れる答えの無い問題にどのように対応していくか」の縮図と言えるのではないでしょか。

たとえカタツムリ問題のような突拍子もない問題に対しても、うろたえず、冷静に構え、論理的に自分の主張を伝えることができるか…これができる人材を今後大学側は採用していきたいという姿勢が見て取れます。

 

共通点③ 学年を問わない

3つ目の共通点は「学年を問わない」です。そしてこの点を詳しく見ていくことで思考力問題の対策の糸口が見てくるような気がします。

「赤い風船」は大学入試で出ました。一方「ドラえもん問題」は中学入試で出たものなのですが、逆に大学入試でドラえもん、中学入試で赤い風船が出されても良いんじゃないかなと思います。

小学生が赤い風船を、高校生がドラえもん問題を考えることも可能です。

このタイプの問題は何か特別な公式や計算式や用語を使う必要はなく、「あなたの考えを書きなさい」なので思考の深さや展開の仕方に差はあれど小学生が大学入試問題を扱うことも可能です。

これは従来の大学入試との大きな相違点でもあります。今までは大学入試問題を小学生が解くというのは現実的ではありませんでした。小学生のテストに微分・積分(高校数学)は出てきません。

しかしこれからはそれが可能になります。早稲田大学の「大喜びしている人の表情問題」などは小学校の夏休みの絵日記に出てもおかしくない題材です。

となれば、今後思考力問題は小中高の授業でも扱われるようになることが予想されます。

でもどうやって?その答えとなるのが「アクティブ・ラーニング」です。(アクティブ・ラーニングについての詳しい内容はこちらのブログをご覧ください)

 

アクティブ・ラーニングを通した思考力の養成

答えの無い思考力問題では、途中で考えが行き詰まってまとまらないまま頓挫してしまうこともあるでしょう。

そんな時に役立つのが他者の意見です。自分とは発想の違う他者の意見に耳を傾け、一緒に考える。

これはまさに文科省が規定する学力の3要素の「協働性」にあたります。

答えが無いのであれば自分たちで「こうしよう」と答えを創っていくしかありません。そのためには他者の意見を取り入れることが必須です。

これからの社会、人間が行う仕事の大半がAIロボットに奪われ失業者の数が急増すると警鐘を鳴らす専門家もいます。その中で「人間にしかできない」ことや新たな価値を生み出していかなければなりません。

AI問題だけでなく、少子高齢や格差問題など、将来日本が直面する問題は山積しています。

知識を基に思考し、自分の意見を主体性をもって発表し、他者の意見を取り入れ協働していける人材の育成が欠かせません。

2020年度問題は単なるテスト改訂ではなく、この方針に沿って学校教育全体を変えていこうというのが本当の姿なのです。

 

では、AO入試や推薦入試はどのように変わっていくか…次回で詳しく見ていきましょう。

 

~まとめ~

・2020年度以降多くの大学の一般入試で思考力問題が出されるようになる(現在すでに行っている大学も有り)

・思考力問題の共通点は「答えが1つではない」「合教科型」「学年を問わない」

・どんな結論を出したかよりもどうやってその結論に至ったかが重要

・思考力を身に付けるには普段から自分で考え、他者の意見を取り入れることが大事。その有効な手段として、学校では今後アクティブ・ラーニングの授業が増えていく